大分県のキリシタン遺跡

日本におけるキリシタン文化を辿る

豊後の地(大分県)は日本でも最も多くのキリシタン石造遺跡が現存している場所です。豊後のキリスト教の歴史は、戦国時代の大名・大友宗麟が、布教のために来日していたフランシスコ・ザビエルを豊後に招聘した時から始まります。

大分県の野津・臼杵・竹田・由布院・国東などでは、キリスト教が急速に布教され、深く浸透してゆきました。

豊後富士と呼ばれる由布岳の山頂には大十字架が置かれ、朝夕に農民キリシタンが祈りを捧げていました。

豊後のキリスト教布教に最も貢献したのは、医師でもあるアルメイダ修道士です。今日でも大分市の西寒多神社の近くにアルメイダ記念病院があります。

大分県に残るキリシタン遺跡

並柳キリシタン集団墓地

由布市。並柳キリシタン集団墓地。400年前全村民がキリシタンであったとも言われる由布院に残る十字架のある伏墓です。

大十字架残欠

臼杵市。野津に残る大十字架残欠と伝承されているものです。野津はリアンの下、多くのキリシタンがいました。

キリシタン墓

臼杵市。掻抱に残るキリシタン墓。布教期もしくは弾圧の緩やかだった時期の物と推測される立派なカマボコ墓(キリシタン特有)です。

磨崖クルス

臼杵市。磨崖クルス。日本一美しいと言われているキリシタン石造遺物です。

下藤キリシタン墓地

臼杵市。下藤キリシタン墓地。国史跡。当時の文献通りに発掘された貴重なキリシタン集団墓地です。

キリシタン洞窟礼拝堂

竹田市。県指定史跡。キリシタン洞窟礼拝堂。凝灰岩に掘られた礼拝堂で内部に祭壇があります。

干字クルス

豊後大野市。干字クルス。イエズス会布教時代の巨岩に彫られた磨崖クルス。真っ赤な椿と。

原のキリシタン墓碑

竹田市。原のキリシタン墓碑。INRI(イエスの罪票=ナザレのイエス、ユダヤの王の意味)と刻まれています。

案内人

讃岐うどん「へんろみち 大将」
木内秀幸 氏

へんろみち

住所大分市都町2丁目1−26 第二多田硝子ビル 1F
電話番号097-536-1855
営業時間11:00-14:00
定休日日曜・祝日

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