筆記体で「Natume」と書かれたロゴのあるコーヒーカップが、私の目の前に置かれた。
レトロな雰囲気で重厚感がある。
「コレは1代目のコーヒーカップ、2代目はちょっと違うタイプのロゴで、ね、全然雰囲気が違うでしょ。3代目はこれ」。少しずつ異なるカップたちは、ショーケースに3つ並んで保管されていた。
1963年創業の老舗「喫茶なつめ」の定番といえば「温泉コーヒー」。
観海寺から汲んできた酸味の少ない温泉水を使っている。
親戚の元気なおじさんから「毎日温泉を飲んでる」という話を聞き、15年前に始めたという。
「本当の悲しみが押し寄せてきたのは、主人が亡くなってから3ヶ月後かな」
明るくて元気でかわいらしいオーナーの松尾千絵さんは、ご主人が亡くなった日からたったの1週間で「喫茶なつめ」をいつものように開けたという。
それまではご主人に頼りきりだった千絵さん。まずは業者の人に焙煎機の使い方を習い、自分なりに使ってみたたという。ところが温度計は壊れているし、機械のクセも強い。職人気質だったご主人は長年の勘で焙煎機を使いこなしてたが、。経験のない千絵さんは大変な作業だった。
「25年間、24時間ずっと一緒にいたでしょ。焙煎機のあの音がしたら主人が焙煎室に走って行ってたなあ……、っていろいろと思い出しながら使ってみたんです。
けれど試行錯誤しても、どうしてもあの味が出ない。とはいえ、パパのコーヒーの味を一番知ってるのは私ですからね」
どうやったらあの味が出るかと毎日いろいろな方法を試し、千絵さんは疲れ果てて、ふと考えた。
「焙煎機に点数が出るわけじゃなし、私がおいしいと思うコーヒーをお客様に提供すればそれでいいんじゃないの」
我慢できないほどの大きな悲しみが押し寄せてきたのはこの時だったという。すっぽりと大きな穴が空いてしまった。
「本当に主人がいないんだってそう思って」
カレーが大好きだったご主人。3食毎日カレーでもいいと言うぐらいカレーが大好きだったご主人のために、「喫茶なつめ」の隣でご両親が本格的なカレーの専門店を始めた。
客向けにスパイスを工夫して凝ったカレーを作ると「俺の好きなカレーの味と違う」と腹を立てたというご主人。
ご両親が店をたたむときも、カレーを「喫茶なつめ」で提供することを断固拒否したご主人。コーヒーの香りがカレーの香りに負けるというのが理由だった。
「主人は職人気質の昭和の男でしたから」
今では「喫茶なつめ」でご両親のカレーも引き継いだ千絵さん。
レシピはご両親のものが基本だけど、材料や手間暇にはひと工夫もふた工夫もあるという。
「今度は絶対にカレーを食べに来ます」
そう言って1代目のコーヒーカップに目をやる私に千絵さんが言う。
「結局1代目が一番かっこいいなあって思いますよね。でも、使ってたら私がどんどん割っちゃって、あと8つしかないんです」
朗らかに笑う様子が、“小さいことにこだわらずに強くなった”という千絵さんらしい。
「コレまでいろんなことがあったから、少々のことではへこたれません」と、千絵さん。「喫茶なつめ」には、コーヒーの香りと一緒に、何もかも包み込んでくれる空気が店の隅々にまで行き渡っていた。
BE@BEPPUおすすめメニュー
ビーフカレーセット(ドリンク付き) 1,200円
千絵さんが材料にこだわり、2日以上かけて愛情込めて作り上げた味は、誰にもまねできない。
「喫茶なつめ」の情報
住所 | 大分県別府市北浜1-4-23 |
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電話番号 | 0977-21-5713 |
営業時間 | 11:00-18:00頃 |
定休日 | 水曜日 |